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後漢王朝
前漢:(紀元前206年〜西暦8年)
 後漢:(西暦25年〜西暦220年)


三国時代の三国には含まれませんが、
195年間も存続した立派な王朝として栄えていました。

『前漢』まで含めればその中国大陸の統治期間は紀元前から続く400年以上にも及び、
当時の東アジアでは最大の大国でした。
この時代の人たちは、『前漢』『後漢』と分けてはいませんでしたので、
“漢王朝400年の歴史”と言ったりしています。

戦乱が起きていない時は、文化の最先端を行き、
“漢字”などが作られた時代でもあります。

しかしその後期には、幼い皇帝を無理に祭り上げ、
“外戚”と呼ばれる皇后一族、“宦官”などによる、
独裁政権による支配となり、権威は失墜。
民衆蜂起や、地方の豪族達が力をつけていく原因となります。

その権威が大きく揺らいできた後に、
群雄割拠の時代がやってきたのでした。

一応、『魏王朝』が成立するまでは、帝も存在していたため、
『魏国』成立までは、王朝として存在していました。



後漢王朝の歴史→
 
「後漢王朝」の人々

 
『三国時代』に
関わりある皇帝・親族
『三国時代』に
関わりある皇帝の親族
“十常侍”とされる人々
(「後漢」第12代皇帝)
[霊帝(劉宏)]
章帝の玄孫

(「後漢」第13代皇帝)
―[少帝弁 (劉弁)]
霊帝の長男

―(「後漢」第14代皇帝)
少帝弁(劉弁)の異母弟
 
[伏完]
『後漢』臣下、
[献帝]正室、[伏皇后]の父
 

[劉虞 伯安]
『後漢』の宗室
[光武帝]の長男[劉彊]の末裔

[劉恢]
[劉邦]の庶子
[張譲]
『後漢』臣下、中常侍、宦官

[趙忠]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[夏ウン]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[郭勝]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[孫璋]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[ヒツ嵐]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[栗嵩]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[段珪]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[高望]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[程]
『後漢』臣下、十常侍、宦官
三国時代に関わりのある豪族
[王允 子師]
『後漢』司徒

[蔡ヨウ 伯階]
『後漢』臣下、[蔡文姫]の父

[蔡ヨウ]の娘

[許貢]
『後漢』”呉群太守”

[許貢]
『後漢』の“呉郡太守”

[秦頡 初起]
『後漢』の“南陽太守”

[丁原 建陽]
『後漢』の“荊州刺史”
[呂布]の義父

[陳珪 漢愈]
『後漢』“済北の相”
《徐州》の名士

[陳登 元龍]
《徐州》の名士、[陳珪]の子

[郭典]
『後漢』の太守

[諸葛珪 子貢]
『後漢』の臣下
[諸葛瑾][諸葛亮]の父

[張温 伯慎]
『後漢』の臣下

[陳琳 孔璋]
『後漢』の官僚、“建安七子”

[鄭玄 康成]
『後漢』の臣下

[張バク 孟卓]
『後漢』の臣下、“陳留太守”

[張超]
『後漢』の臣下、“陳留太守”
[張バク]の弟

[田楷]
『後漢』の臣下、“青州刺史”

[ヘイ原]
『後漢』の臣下

[馬日テイ 翁叔]
『後漢』の太博

[張紘 子綱]
『後漢』の政治家、学者

[張温]
『後漢』の臣下

[張倹]
『後漢』の臣下、
“八及”の一人
[封ショ]
『後漢』臣下、十常侍、宦官

[何進 遂高]
『後漢』大将軍

[皇甫嵩 義真]
『後漢』大将軍

[董承]
『後漢』の車騎将軍
[董太后]の甥。“国舅”

[朱儁]
『後漢』武将

[カクカン]
[高定]配下の武将

[諸葛玄]
『後漢』の武将
[諸葛瑾]の叔父

[張楊 雅叔]
[丁原][何進][袁紹][董卓]
配下の武将、政治家

[張既 徳容]
『後漢』武将

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献帝(劉協 伯和)
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王允
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