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徐晃 公明


名:徐晃(じょこう)
字:公明(こうめい)
-Xu Chu-

別名:

所属:曹操軍→魏国
出生:《徐州》
生年:?年
没年:227年
(享年不明)

-伝-
『三国志 魏書』
巻17『張樂于張徐傳』[徐晃]

-血縁関係-
兄:[許定]
子:[許儀]
孫:[許ソウ]

『真・三國無双』

CV:山本圭一郎
二つ名は「廉直なる武」。
根っからの武人として登場する「徐晃」。
ほかの武将たちほど目立たないとは言われていますが、
大斧の使い手となり、戦いには迫力があります。

『三国志大戦』

やはり『魏』の五大将軍として、
いかにもといった印象ですが、
剃髪の「徐晃」は初めて見ましたね。
ドラマ『三国志 Three Kingdoms』

『魏』の五大将軍なのでいかにもという感じですが、
活躍は物語の後半の方です。


●活躍

三国志、『魏』の英雄の一人で、もともとは役人であったという人。

元々は郡の役人であったそうですが、「曹操」に仕えるようになり、

「呂布」などの戦いで功績を上げていきます。


「袁紹」との『官渡の戦い』では、「顔良」、「文醜」という猛者たちを倒し、

大きな戦果を上げていきます。


「徐晃」はその後も活躍し、「曹操」の「死後」も曹丕に使え、

更に、その次代の『呉』との戦では、「徐晃」は「曹仁」と共に「陳邵」を破って襄陽を奪回。

「曹叡」こと、明帝の時代には『呉』の「諸葛瑾」の攻撃を防ぐなど活躍をするものの、

病気によって227年に死去するのでした。


●人柄

元々は文官であった彼ですが、

「曹操」の時代に最も功績を上げた武将とされています。

また、武功を挙げても奢るような事もなかった人なのだそうです。


さて『三国志演義』では、大斧を使う武将として知られ、

最期は戦死するという設定なのですが、これは正史とは違う点ですね。


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張コウ シュンガイ
張コウ シュンガイ