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三国志 Three Kingdoms 第25話 「単騎、千里を走る」


三国志 Three Kingdoms 第24話 「白馬の戦い」



「丞相、私は以前、約束をしました。
長兄の行方がわかれば、すぐに会いに行くと。
失礼します。」

―[関羽 雲長]




第ニ部「中原逐鹿」第二十五集

時代背景:200年(建安5年)


[関羽]が[劉備]の生存を知った今、[曹操]の元を離れる決意をした彼。

しかし[曹操]がそんな事を許すはずもなく、

許可を求めようとしても門前払いという始末。


仕方なく[関羽]は、配下の[孫乾]と共に、きちんと[曹操]の贈り物を返しはしたものの、

置き手紙だけ残して出ていってしまいます。




いつかはこういった時が来るだろうと思っていたらしい[曹操]は、

とても残念な様子を見せますが、

[程c]ら家臣は、[関羽]ほどの豪傑が野放しになっている事を危惧し、

始末しようとも動き出すのです。


わざわざ彼を見送りにまで来る[曹操]。

約束は守っている彼ではありますが、やはり惜しいという姿で見送るのでした。

[関羽]を惹きつける[劉備]こそが恐ろしいとまでいう始末。




一方、どこぞやの小城へと押し入った[張飛]はやりたい放題で、

地方で治めて偉ぶっていましたが、それは[劉備]達に会えない事への苛立ちか。

[関羽]が[曹操]の配下に収まっていることは、信じられないという様子で、

そこら中に苛立ちをぶつけてしまう始末。


一方で[関羽]は、幾つもの関をくぐり抜けて、

[劉備]の元へと向かう、“関羽千里行”が始まりました。

[曹操]配下の関の者達は、[曹操]を裏切ったものと判断し、

次々と関を塞いで襲いかかってきます。


戦いたくも、殺めたくもない戦いを続けながらも、[関羽]は、

何箇所もの関所を突破。


死地を突破して、あと少しというところまでやって来た所、

立ちはだかったのは、[曹操]の従兄弟にして、信頼深い将軍、

かの[夏侯惇]が立ちふさがるのでした。

[顔良]と[文醜]を倒した、お前と競ってみたかったという[夏侯惇]は、

[関羽]との一騎打ちを申し込むのでした。


[関羽]と戦った武将が、ほとんど一合で倒されている中、

この[夏侯惇]は、何合にも渡るぶつかり合いを見せ、

互角にも等しい戦いをしてみせます。

しかしそこに[曹操]の書簡が届き、更に間に[張遼]が入り、

ここでも難関を突破できたとおもいきや、次に現れたのは山賊。


果たしていかになるものやら。




このエピソードの注目点
「関羽千里行」



[関羽]は[曹操]配下にいたものの、それは[劉備]の生存を知るまでのこと。

今まで悪人らしい姿という風であった[曹操]も、

こうした男の約束はしっかりと守ります。

しかし[関羽]が行く道のりは長く、

配下といっても、[孫乾]くらいしかいないのです。

更に[劉備]の二人の妻を連れての行軍となるため、それは困難な道程として描かれます。


ただ、これは[関羽]伝説の一つであり、

実際はここまでの行軍ではなかったと言われています。

本当にこの関を通って行くとなると、相当な回り道になってしまうそうで。


注目の人物



[夏侯惇 元譲] ?年〜220年(延康元年)
吹替:鈴森勘司

[曹操]の従兄弟であり、彼に全幅の信頼を置かれていた武将。</strong>

ただこのドラマでの活躍の場は少ないのですが、

それは[夏侯惇]が、武将であったからで、政治的な活躍が少ないからでしょう。

若い頃は気性が荒かったものの、清潔でつつましやな人物であり、

[曹操]からも信頼厚く、[呂布]との戦いの他、

『博望坡の戦い』などで活躍をしています。


こちらのドラマでも、[関羽]と互角の勝負をしている、

ということや、[関羽]自身も、“夏侯”の旗に対して一目置く描写があるなど、

ただならぬ武将の登場であるという事は分かるのです。


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三国志 Three Kingdoms 第26話 「古城に再会す」
三国志 Three Kingdoms 第26話 「古城に再会す」

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