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三国志 Three Kingdoms 第23話 「関羽、三事を約す」


三国志 Three Kingdoms 第22話 「三兄弟離散す」



「第一、[曹操]ではなく[漢帝]に帰順んする。
第二、二人の夫人を厚遇し、将兵を近づけさせないこと。
第三の条件は、[劉備]の行方が分かり次第、地の果てまで駆けつけること」

―[関羽]の[曹操]への三事の条件



第ニ部「中原逐鹿」第二十三集

時代背景:200年(建安5年)『徐州の戦い』


[曹操]によって徹底的に攻められ、三兄弟が離散した、

絶望的な状況となった[劉備]。



しかし彼は[袁紹]配下の[許攸]によって救われ、何とかその一命を保つのでした。


[袁紹]は、息子の様態が回復したとのことで、突然、[曹操]への戦いを再開。

しかし《許昌》への攻撃は、《徐州》への戦いに決着が着いてしまっていたため、

[曹操]が完全な状態であることに、

[劉備]はぼろぼろに傷ついて激高しながらも、[曹操]と戦い続けることを決意し、

[許攸]の薦めで、[袁紹]の配下に収まるのです。


[曹操]は、《徐州》を攻める最後として、《下ヒ》を落とすことを、

家臣たちから薦められますが、そこに[関羽]がおり、

[曹操]は[関羽]を討つのは惜しいと言い出します。

そこで[程c]は進言し、

《下ヒ》から[劉備]の危機の知らせを出させて出撃させ、

軍で包囲を囲み、逃げ場を失わせた後、[張遼]によって、

投降を薦めさせようとするのです。


[関羽]が[曹操]に投降するはずがない、のですが、

彼と親交があった[張遼]は、手厚く扱ってはいるものの、人質になっている、

[劉備]の二人の妻の存在。

そして、[劉備]達の“桃園の誓い”を破ってしまうこと。

更には『漢王朝』の再興を挫折してしまうのかと、彼を揺さぶります。


[関羽]は、[劉備]が見つかるまでという約束をし、

[関羽]は[曹操]に手厚く扱われる事になりました。

それこそ、[劉備]が見つかっても、帰さないというほどに―。


その頃、後に『呉』の地となる《江東》では、

[孫策]と[周瑜]は、竹藪の中で優雅に琴を弾いていた、

美人姉妹の[大喬][小喬]に琴の音で一目惚れしてしまい、

後日、その姉妹の実家で、“一音だけ間違っていた”という琴の音を聞き当てるのです。



[孫策]と[周瑜]は一致し、[大喬]と[小喬]は早速とばかりに、

婚姻を申し込むことになるのでした。


対比的に、[曹操]幕下にいる[関羽]は、[曹操]の厚遇を受け取ることは出来ず、

側女もおくことができないのです。

[曹操]からしてみれば、そんな厚遇にも揺るがない[関羽]を、

時間をかけて心から従わせるというのです。


そして最後に[曹操]が贈った[関羽]への贈り物とは?




このエピソードの注目点
「三つの約束と、[関羽]の義理」



『三国志』をまだそれほど詳しくないと、

この辺りの展開をいきなり説明されても、納得出来ないかもしれませんが、

[関羽]は、敵対している[曹操]幕下にいた事があるということ。

[劉備]の敗戦に、彼の妻たちを人質に取られていると言えば、

ある程度は納得できるかもしれませ。

しかしそこに、[関羽]と[曹操]の微妙な関係を作り出したのですね。


ちなみに、[曹操]は、確かに何度も[関羽]を手放さまいとしましたが、

約束自体は破っていないので、ちゃんとお互いに義理は果たしているのです。


注目の人物



[張遼 文遠]
西暦:169年(建寧2年)〜222年(黄初3年)

吹替:堀部隆一

元は、[董卓][呂布]の配下。

しかし、[呂布]が敗北をした戦で、戦後に[曹操]に気に入られることとなり、

そのまま『曹操軍』の勇将として活躍。

後には、“五代将軍”の筆頭ともなったほどの人物です。


また[張遼]というと、『合肥の戦い』の恐ろしいまでの活躍が有名で、

わずかな兵士と共に、数万の敵を打ち破った戦をしたほどのもの。

こう考えると、『曹操軍』最強の武将ということもできるのです。


そんな彼は、元[呂布]配下で、彼が[劉備]と共に《徐州》を治めていた時、

[関羽]と盃を交わす仲であったといいます。お互いの武勇を認め、

[関羽]を[曹操]に降伏させる交渉に出向いています。

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三国志 Three Kingdoms 第24話 「白馬の戦い」
三国志 Three Kingdoms 第24話 「白馬の戦い」

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