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三国志 Three Kingdoms 第17話 「劉備、兄弟と離れる」


三国志 Three Kingdoms 第16話 「呂布、徐州牧となる」



「そなたは戦には長けていても、人を見抜く力がないのです。
あの、[陳珪][陳登]親子の媚びの売り方は異常だ。
甘い言葉に騙されてはなりませぬ。

あんな奸賊の一体どこが善人です?」

―[陳宮 公台]



第一部「群雄割拠」第十七集

時代背景:198年(建安3年)


厄介者であった[袁術]は滅び去ったものの、

《徐州》の情勢は緊張を保ったまま。

[曹操]は、[劉備]と[呂布]を仲違いさせ、さらに[呂布]は[陳宮]とも衝突させて、

彼を孤立させてしまう作戦に出ました。

それを提案し、二人の間に亀裂を生じさせる作戦に出たのが、

[陳珪][陳登]親子でした。


彼らは、[呂布]に、まず[劉備]が[曹操]と通じていて、《徐州》を狙っていると、

告げ、[陳宮]はこの策を見破っていたものの、

[呂布]は早くも、引っかかってしまい、《徐州定》を出ていき、

『劉備軍』を挟み撃ちにするということをしてのけました。



再び敵対する両者。そして、[劉備]は、[関羽][張飛]らとはぐれてしまうのです。

ここで[劉備]は[陳宮]に騙されていた事を知るのですがー。


更に彼と[呂布]は[曹操]、そしてその手のものであった、

[陳珪][陳登]親子にも騙されていました。



《徐州城》は彼らが治めてしまい、[呂布]らは門前払いに。

行き場を失った[呂布]は、運命の《下ヒ城》へと向かうことしかできないのでした。


一方[劉備]は、まるで時期を見計らっていたかのように現れた、

『曹操軍』の援軍に助けられます。

無事に[関羽]と[張飛]とも再会することになるのですが、

それは[曹操]が自分に恩を売っておくために行った、

一種の策であったのではと、疑う[劉備]なのでした。




このエピソードの注目点

「三者三様を騙しつくす[曹操]」



[曹操]は、このエピソードで、[陳珪][陳登]親子を使って、

実に[劉備][呂布][陳宮]を騙し、彼らの関係を崩してしまいます。

彼らが一致団結すれば、[曹操]にとって脅威になるので、

それを崩す必要があるのは、いかにも卑怯ではあるのですが、

[曹操]曰く、乱世を沈めるためには仕方がないこと。

そしてその目論見は、『下ヒの戦い』へと続いていくのでした。


注目の人物



[陳珪 漢喩]
西暦?年〜?年

吹替:林和良

[陳登 元龍]
西暦?年〜207年?

吹替:岡哲也


[陳珪]は、『後漢』王朝の官僚であり、

[曹操]に、[呂布]を討つべく、進言したという話が残っています。

元々は[袁術]と漢の官僚の子孫ということもあり、交友があったのですが、

[曹操]へと心が傾いていったようです。

[呂布]のために『袁術軍』を混乱させて破ったりなど、

[呂布]にも気に入られていたようですが、

最終的に彼の心は離れていき、彼を陥れるまでになってしまいました。


それ以上のことは分かっていないそうですが、

[曹操]配下になったと思われます。


その子、[陳登]は、『袁術軍』内部の分裂を予見したり、

[呂布]を[曹操]の策に陥らせるべく動いたりなど、[曹操]勢力での功績を上げています。

伝を辿って行くと、[陳登]は、西暦207年、39歳で、

食中毒で死去するまでは活躍があるとのこと。


[曹操]曰く、[陳登]が生きていれば、[孫権]の支配は《長江》北まで、

及ばなかっただろう、とのこと。


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三国志 Three Kingdoms 第18話 「呂布の死」
三国志 Three Kingdoms 第18話 「呂布の死」

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