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三国志 Three Kingdoms 第18話 「呂布の死」


三国志 Three Kingdoms 第17話 「劉備、兄弟と離れる」



「天地の間は果てしなく広い、そこで大きな力がぶつかり合う。
勝っても敗けても、長くは続かない。大地を流れる大河のごとく。
はるか彼方へと流れ去っていく。

幾万もの書物が表しているように、何代にも渡り興亡は繰り返される。
身を立てて早く故郷に帰ろうか。心のなかの志を静かに思い起こし、
言葉もなく斜陽に目を向ける。」

―[挿入歌/エンディングテーマ]



第一部「群雄割拠」第十八集

時代背景:198年(建安3年) 『下ヒの戦い』


[呂布]は《下ヒ城》に追い込まれることとなり、

再び連合を組んだ『曹操軍』『劉備軍』に対して、

籠城の構えとなりました。


[曹操]は[呂布]に言葉巧みに同盟を求めるものの、彼は拒否。

更に、[曹操]こそ真の逆賊と思っている[陳宮]は、

明らかな敵対心を見せており、両者が激突するのは時間の問題でした。



この状況に『曹操軍』軍師の[郭嘉]は、

《下ヒ城》の構造を狙って、ある策を一案するのでした。


その頃、[貂蝉]は、風邪をこじらせて病に倒れてしまい、

それも危篤状態になってしまったというのです。

彼女のことを想うと自分を失ってしまう[呂布]は、

事もあろうか戦の準備さえないがしろにして、

[陳宮]はおろか、他の武将たちにも反感を買うようになってしまいました。




そして、ここにやってきて、[郭嘉]による水攻めが起き、

[呂布]のいる《下ヒ城》は水没。もはや彼らの敗北は決定的なものとなったのです。

更に[曹操]から、[呂布]を生け捕りにして差し出せば、無罪にし、

しかも褒美までやるとのこと。


この事に激怒した[呂布]ですが、彼は[貂蝉]ばかり気にしており、

家臣たちの人望は失ってしまっていました。

そして、何人がかりで寝こみを襲われてしまい、部下達に捕らえられてしまう[呂布]。


ついに[曹操]に突き出されてしまうのでした。




彼は、最後のあがきとして、“自分を配下にすれば天下は思うがまま”と言うのですが、

[曹操]は、彼をあざわらい、自分に仕える人物ではないとしてしまうのでした。

彼の命はもう助からないのです。


一方で、[陳宮]は[曹操]に仕えるように説得されるものの、そんな気は全くないとし、

さっさと処刑を促すのです。


そして[呂布]の処刑の場面―。

今まで共に生きてきた[貂蝉]は、その最期を共に迎えようとします。


更には、有能であると、[曹操]から惜しまれた[陳宮]は、

彼の恐ろしさを誰よりも理解していると言い放ち、

彼の配下になる誘いは断り、その最期を迎える決断をするのでした。


こうしてまた一つの勢力が天下から消えていったのです。




このエピソードの注目点

「一つの勢力の滅亡」



このエピソードで描かれるのは、『下ヒの戦い』。

これは[呂布]にとって最期の地となり、そして、

一つの勢力が滅ぶ地でもあります。

今まで[呂布]といえば、力ばかりに頼って、それが原因で滅亡した、

凶暴な野獣としての生き様が象徴的でした。

しかしこの物語で描かれる彼は、[貂蝉]との恋愛劇が主軸。

物語によっては、ここまで[貂蝉]が生きてこれていなかったりします。

ですが、このドラマでは[貂蝉]とともに生きた[呂布]。その最期が劇的に描かれることに―。


注目の人物



[郭嘉 奉公]
西暦:170年(憙平4年)〜207年(建安12年)

吹替:横堀悦夫

[荀ケ]、[程c]と並ぶ、『曹操軍』三大軍師の一人。

三人の中では最も若く、明晰な人物であり、

[曹操]からも相当に気に入られていた人物でもあります。

このエピソードでは、『下ヒの戦い』で、堤防を決壊させ、城を水没させ、

[呂布]を追い詰める姿が描かれています。それを提案したのが[郭嘉]。


彼に仕える前は、名前を隠してまで隠匿生活をしていたそうで、

その名前は余り知られていませんでした。


一度、[袁紹]に仕えようとしたこともあるそうですが、

彼の人柄のなさに失望してすぐに諦め、

[曹操]に仕えることになりました。数々の助言を行った彼は、

『下ヒの戦い』の他にも、[袁紹]との決着の地となる『官渡の戦い』でも、

対[袁紹]の策を数々に提言したと言います。


[曹操]曰く、[郭嘉]が生きていれば『赤壁の戦い』は負けなかった。

といわしめるほどの人物なのです。


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