三国志 Three Kingdoms 第8話 「王允の離間の計」


三国志 Three Kingdoms 第7話 「孫堅の死」



「あなたと会ってから、片時も頭から離れないのです。
夢のなかでもあなたの姿を追い求めている―。
もし現世であなたと一緒になれないのなら、死んだほうがいい」
―[呂布 奉先]



第一部「群雄割拠」第八集

時代背景:191年


『反董卓連合軍』は解散し、都は[董卓]の思うがまま。

これを嘆いた[王允]は、[董卓]の最強の配下にして養子の[呂布]が、

自分の義娘[貂蝉]と親密な関係であることを知ります。

そして彼女の美貌ぶりから、[董卓]と[呂布]を仲違いさせる、

“離間の計”を思いつくのでした。


[貂蝉]が、今は亡き高貴な家の出と明かされ、

[呂布]はついに彼女に婚約を申し込みます。

そして養父である[王允]にもその許しを請う[呂布]は、

いよいよ彼から[貂蝉]との婚約を取り付けるのです。


しかし[王允]が結婚を許したのは計略なのでした。

連環の計を使って、[呂布]に嫁ぐだけでなく、

[董卓]の妾ともなることで、二人の仲を引き裂こうと言うのです。


この[王允]曰く“破廉恥な”計略を明かした彼は、

衝撃を受けた[貂蝉]と顔も合わせぬまま、5日も断食を続けますが、

[貂蝉]には決断を下すことができず。

そして7日目になり―、


朝廷から[王允]は[董卓]を自宅へと呼び寄せるのです。

特に何も言っていなかったにも関わらず、[貂蝉]を一目見ただけで[董卓]は、

あっという間に一目惚れをしてしまい、

[献帝]の妃として差し出すと強行して言い出すのです。

それは同時に[董卓]の妾とすることをも表していました。

気が早いらしい彼は、今晩中にも[貂蝉]を宮廷へと連れて行くとまで言い出すのです。


これを知った、すでに婚約者のはずの[呂布]は激怒し、

王允邸へと押しかけ、そこで[董卓]が[貂蝉]を自分の妾としようとしていると、

そう知ることになるのです。


[呂布]は[董卓]に直訴し、[貂蝉]との婚約を訴えますが、

勝手に[献帝]への[貂蝉]の輿入れを進めており、どうしようもなくなってしまうのでした。



このエピソードの注目点
「離間の計」



いわば三角関係を意図的に作り、暴君や絶対的権力者を、

仲違いさせ、自滅を狙う方法です。

敵と通じている、離反の毛があるなどの噂を流す方法なども離間の計ですが、

一番いいのが女性関係をわざと作るという事にあります。

『三国志』で最も有名なのが今回の出来事。

しかし、『漢王朝』の再興のために、娘を差し出す[王允]の心境は、

言葉では言い表せないものだった、と描かれています。


注目の人物



[貂蝉]
179年?〜192年?

吹替:本名陽子


架空の人物とされている舞姫。

しかしながらモデルとなった人物はいるとのことで、

それは[董卓]のところの下女であったとか。

ともあれ、[呂布]が[董卓]と仲違いをしたのは確かで、

それを作った原因は何かあるはずです。

[貂蝉]はそんな二人の強者を巧みに操ったのは、

彼女の英雄的活躍として知られています。

この離間の計が成功した後、彼女がどうなったのかは伝わっておらず、

物語によって変わってきますが、

このドラマでは[呂布]とともにまだ乱世を生きているのです。


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三国志 Three Kingdoms 第9話 「凰儀亭の貂蝉」
三国志 Three Kingdoms 第9話 「凰儀亭の貂蝉」

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