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関平

名:関平(かんぺい)
字:不明
-Guan Pei-

出生:《河北》
生年:不明
没年:219年12月(建安24年)
享年不明


-伝-
『三国志演義』
『走麦城』


-血縁関係-
義父?:[関羽] 実父:[関定]?

兄弟:[関寧][関興]([関策])([関銀屏])
※()内の人物の名は架空とされる。

『真・三國無双』

CV:中尾良平
軍神とも呼ばれる[関羽]の長男として、
真・三國無双4よりの登場。
長男で弟、妹達を率いる、精悍な青年として描かれています。
武器は父親譲りのパワータイプなのか、大剣が基本になります。

『三国志大戦』

[若き勇者であるかのような姿の彼。
やはり武人[関羽]の長男として、そのような
姿は王道のようです。
『ドラマ三国志』

[関羽]の養子という形で登場するのは、『三国志演義』由来です。
以来、養父である[関羽]と苦楽と最期を共にするのです。


○来歴

『蜀』の皇帝となる[劉備]の義兄弟、[関羽]の長子ですが、

『三国志』と『三国志大戦』で記述が異なる人物の一人で、

『三国志』では、[関羽]の実子、

『三国志演義』では[関羽]の養子であり、

実父は[関定]という人物とされています。


『三国志』では“関羽伝”にのみ記述があり、

『樊城の戦い』での出来事が書かれているのみですが、

これが『三国志』史上で非常に重要な事件なため、[関平]はよく知られている方です。


●『三国志演義』での活躍

《河北》の[関定]の次男として登場する[関平]は、

[曹操]から逃れ、散り散りになった[劉備]義兄弟の再会場所の家で登場。

子がいない[関羽]は、[劉備]の取り成しで養子になりました。


[劉備]の養子である[劉封]とともに活躍することが多く、

《新野》での『曹操軍』[夏侯惇]が攻めてきた時、また、

[劉備]入蜀の際の《益州》での戦いが見られます。


しかし順風だった『劉備軍』に『孫権軍』との《荊州》での争いが起こり、

《樊城》を父と守っていた[関羽]は、『孫権軍』の[呂蒙]らの軍に敗北、

処断されて最期を向かえてしまうのでした―。


こうした『三国志演義』での出来事から、

[関羽]を祭っている霊廟では、[周倉]と共に、[関平]も祭られています。


また[関羽]と並んでの武勇もあることもあり、

[関平]の弟には、[関興]が有名ですが、

弟[関索]、妹[関銀屏]の民間伝承や、伝説が有名です。



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