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甘寧 興覇


名:甘寧(かんねい)
字:興覇(こうは)
-Gan Ning-

所属:孫権軍
出生:益州巴郡臨江県
生年:不明
没年:不明
享年不明


-伝-
『三国志 呉書』
巻55『傳』[甘寧]伝


-血縁関係-

『真・三國無双』

CV:三浦祥朗
元山賊という事柄から、荒々しい、そして反骨的な人物と描かれ、
その激しい髪型はシリーズを重ねるごとに凄くなっています。
彼は「凌統」の親の仇でもあるので、
そこのところの事情は複雑なのですが。



『三国志大戦』

やはり元山賊という設定から、
荒々しい姿、猛将な印象としてうつるものとなっています。
若い頃、不良を集めていたというのも、
いい刺激になっているようです。

ドラマ『三国志 Three Kingdoms』

『赤壁大戦』の辺りから登場し、
「周瑜」などの元で戦いを重ねていきます。
見た感じは割と歳もとっているようですね。



○来歴

「甘寧」の出は詳しくは不明ですが、

「孫権」に出会う以前は、若い頃から不良の仲間を集めて武装させ、

その頭領として幅を利かせていました。

若い頃は山賊として周りを恐怖させ、常に携帯していた鈴の音から、

「甘寧」の名が知られていたといいます。


しかしある時、「甘寧」はそうした乱暴ごとをやめるようになり、

《荊州》の「劉表」に身を寄せて、《南陽》に住むのですが、

重宝はされず、「黄祖」の下に身をとどめるのでした。

《夏口》で起きた戦いで、「凌統」の父「凌操」を打ち取るなど活躍を見せるものの、

やはり彼の待遇は重宝されなかったので、やがて「孫権」に下るのでした。


「孫権」の配下になった彼は、「周瑜」「呂蒙」などに推薦され、

『荊州の戦い』で「黄祖」を攻め討ち取り、『孫権軍』においては重宝されていきます。


かの『赤壁の戦い』では「周瑜」とともに戦い、

さらに、追撃を加える『南郡の戦い』で猛攻に耐えながら、戦い続け、

「曹仁」を撤退させるのでした。


やがて「孫権」と「劉備」は《荊州》をめぐって緊張状態になりますが、

この中で起きていく戦いが「甘寧」の活躍の場になります。

一方で、『曹操軍』とも争いが続き、

『合肥の戦い』は負け戦にはなったものの、「凌統」らと奮戦を続け、

ここで起きた危機を乗り越えるのでした。


「曹操」が《濡須》へ進行したとき、「甘寧」は“前部督”となって、

奇襲の夜襲を仕掛けるなど活躍。

「曹操」には「張遼」がいて、私には「甘寧」がいると、

「孫権」は、「甘寧」の武勇、豪胆さを賞賛するほどでした。


さてそんな「甘寧」ですが、粗暴な人物であると言われており、

元々が盗賊でしたから、略奪などもしていたようです。

しかし爽快な人格で、優れた計略を持ち、

身分の高くない出身であり、兵士たちも手厚くd育てたのだとか。


一方、「凌統」との因縁がある彼ですが、

一度、酒宴が開かれたとき、「凌統」は刀を、「甘寧」は双戟を持ち、

一触即発の状態になりますが、この間に入ったのが「呂蒙」。

彼は二人の衝突を危ういところで止めたのです。


その後、「凌統」とは共闘していくようになります。


彼の享年は不明。『三国志演義』では『夷陵の戦い』で、

病をおして出陣し、討ち取られたことになっていますが、

『三国志 甘寧伝』では215年で死去しているなど、

もっと早い段階で死去しているとも言われています。


盗賊が英雄の一人となっていく人物のひとりで、

しかも彼は、『赤壁の戦い』などでの活躍を見せるなど、

人気も高そうな様子ですね。


息子に、「甘?」がいましたが罪を犯して流刑。

「甘述」から「甘昌」「甘卓」と続いた方の家系も、

『東晋』の建国に尽くしたものの、討たれてしまう最期を遂げてしまいます。

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呂蒙 子明
呂蒙 子明