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孫権 仲謀


名:孫権(そんけん)
字:仲謀(ちゅうぼう)
-Sun Quan-

諡号:大皇帝
廟号:太祖

所属:袁術軍→孫策軍(独立勢力)
→孫権軍(君主)→孫呉(皇帝)
出生:呉郡富春県?
生年:光和5年(175年)
没年:神鳳元年(252年4月16日)
(享年71歳)


-伝-
『三国志 呉書』
巻47『呉主傳』[孫権]伝


-血縁関係-

父:[孫堅]
母:[呉夫人]

兄:[孫策]
弟:[孫匡]
義弟:[孫朗]

后妃:[謝夫人][徐夫人][歩夫人][王夫人][王夫人][潘夫人]

子:[孫登][孫慮][孫和][孫覇][孫奮][孫休][孫亮]
[孫魯班][孫魯育(朱公主)]

『真・三國無双』

CV:菅沼久義
二つ名は「雄々しき若虎」
以前までは若造いったイメージがありましたが。
大国『呉』を担っていくという姿として、
非常に精悍な顔立ちになりました。
美人の奥様、練師(子夫人)も登場して、
なかなか様になっています。



『三国志大戦』

若者として描かれたり、
皇帝として描かれたり様々ですが、
やはり後に皇帝になる、
ということは重視されていますね。
もちろんどの姿も美男子で描かれます。

ドラマ『三国志 Three Kingdoms』



吹替:
幼少期吹替:本名陽子
幼少期から、少しおませな姿で登場しますが、
父「孫堅」から大きな期待を受けていたという姿が、
かなり描かれています。
もちろん、皇帝としての彼も登場。
若々しくも、精悍な顔立ちですね。




父「孫堅」、兄「孫策」の遺志を継ぎ、『呉』の国を立ち上げ、

皇帝にまでなった人として有名。『孫呉』の初代皇帝になります。

父、兄共に短命でしたが、「孫権」は『三国時代』の皇帝で最も長生きで、

77歳まで生き、『孫呉』の発展に努めました。


兄、「孫策」とは6歳の歳が離れているようです。

その若き時は、背は高かったものの、胴長短足だったとも言われていますが、

“碧眼児”などとも呼ばれ、父「孫堅」には期待をかけられていたそうです。


しかし、虎狩を、護衛もつけずに好んでいたり等、無邪気なところもありました。


そして「孫権」が19歳の時、兄「孫策」が死去。

彼は19歳にして、孫家の長となります。

彼は父、兄から引き継いだ家臣団をまとめあげ、政権を充実、

江東に大きな勢力を作り上げるのですが、

やはり脅威となったのは、北の「曹操」でした。


『劉備軍』を徹底的に追い詰め、しかし、「諸葛亮」の説得で開戦を決断。

軍師「周瑜」は『赤壁の戦い』で大いに「曹操軍」を守ります。

この戦いの後、領土争いなどで、「劉備」と不仲になります。


「曹操」の死後、息子「曹丕」が『魏』を建国して皇帝に。

一時的に、彼の皇帝位を承認するのですが、

さらに、『曹操軍』と共に「劉備」の義兄弟である「関羽」を討ったため、

彼を激高させてしまうのです。

『夷陵の戦い』で完膚なきまでに打ち破った「孫権」らですが、

この後に和睦しています。


222年、『呉』が建国され、

「孫権」が皇帝となったのは正式には、229年。

『魏』とは再び対立して、『蜀』の諸葛亮の『北伐』などの動きに合わせ、

何度か『魏』に侵攻、巧みに勢力を拡大したのです。


この後も、「孫権」は何度か『魏』に攻め込んでいますが、

大きな戦果を得ることはできないのでした。


「孫権」は長生きでしたが、やがて自分の寿命も感じてきたのでしょう。

しかし「孫権」の長男である「孫登」は彼よりも早く33歳で病没。

三男、四男の間とそれぞれを支持する者同士で対立。

家臣たちの対立が泥沼化してしまい、

この家督争いに関与した、信頼すべき軍師「陸遜」と不仲になり、彼は憤死。

他にも家臣たちが次々と処刑、自殺、追放と、

『呉』の国には早くも暗雲が立ち込めます。


「孫権」は病床につくようになり、結局家督争い、家臣の不仲は解決できぬまま、

死去してしまいました―。享年71歳。

彼の後を継いだのは末子の「孫亮」になります。


構成の評価としては、「孫権」という人は、

世の中の動きを読み、外交等思慮深さを見せていました。

一時は『魏』に下るも、自ら『呉王』となって、再び攻めるなど、

外交技術には長けていたようです。

しかしながら、幼いころから、無鉄砲で無邪気なところがあり、

感情のまま行動してしまったということがあり、

それは彼が老齢になるにつれ顕著になってしまいます。


非常に酒好きであり、その割には長生きをしたのですが、

部下に酒をすすめる時、酔い潰すまで飲ませる悪い癖は、

『呉王』の伝統のようになってしまいました…。


確かに「孫権」は、父や兄をも超えた偉人でしょう。

若くして、家督を譲られた時は、父や兄にはかなわないと言っていたものの、

結果的に皇帝になっているのです。

『真・三國無双』などのストーリーでは、父や兄を越え、偉人となる若者、

といった姿で描かれている英雄です。


ただ、冷静さにかけてみると、「曹操」「曹丕」「司馬懿」等に比べて、

劣ってしまっていたことが、後の『呉』の腐敗からも明らかだと思います。 


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孫堅 文台
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