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三国志 ThreeKingdoms 第80話 「陸遜、大都督となる」


三国志 ThreeKingdoms 第79話 「黄忠、矢に当たる」



「]



第六部「天下三分」第八十集

時代背景:222年(『蜀』章武2年)(『魏』黄初3年)
『夷陵の戦い』

[劉備]自らが率いる『蜀軍』は、次々と『孫呉』の城を破っていき、

[孫権]らに脅威を与えていきます。

『孫呉』三代に仕えてきた[程普]が[沙摩柯]によって討ち取られるなど、

手柄があったものの、

戦の最中、五虎将軍の[黄忠]が矢に当たり、瀕死の重傷となってしまいます。


[黄忠]はそのまま死去。

“五虎将軍”の内、三人を失ってしまったことで、

ますます『孫呉』への戦いを進めなければならなくなった[劉備]。


《荊州》最後の要害となる《夷陵》を取られたら、

『孫呉』の地が危うくなるということで、

今まで監禁されていた[陸遜]は、[孫権]によって“大都督”に任じられます。


“大都督”に任じられた[陸遜]を立てるためか、

歴戦の勇将でありながら大敗をした[韓当][周泰]を、

敗戦の責任を取らせて処断すると言い出す[孫権]。


[陸遜]の年齢はまだ27歳であり、彼が“大都督”となったことも、

所詮は孫のようなものでしかないと、

完全に甘く見る[劉備]。


その攻撃に、次々と城を破られていく『孫呉』の軍でしたが、

あくまで[陸遜]は前の軍を囮として、後退を続け、

[劉備]は《夷陵》まで近づいてきていました。


軍を進めようとしない[陸遜]は年上の武将達の信頼が薄く、

臆しているのではないかと思われるのですが、

[陸遜]には策があるのでした。

それは『蜀軍』を疲弊させるだけというものだったのですが―。


[諸葛亮]は、[陸遜]に人にまさるものがあるからこそ選ばれたと、

そして[劉備]や軍への不安が拭い去れない状態でした。

[陸遜]はわざと《夷陵》の地に[劉備]を引き出していた、

と言うのです。


この頃、『蜀軍』は大いに疲弊をしており、

『孫呉』との決戦は間近に控えていたのです。




このエピソードの注目点
「“大都督”となった[陸遜]の策」

まだ“大都督”として任命されたばかりの[陸遜]。


注目の人物



[陸遜 伯言]
183年〜245年

吹替:壇 臣幸

『。

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三国志 ThreeKingdoms 第81話 「夷陵の戦い」
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