馬騰 寿成




[馬騰 寿成] -Ma Teng-
?〜212年(建安17年)

吹替:佳月大人


勇猛盛んと言われた、北の《西涼》を治めていた軍閥の一派の長。

後に『蜀』の将軍となる[馬超]の父に当たる人物です。

反董卓連合軍にも参加していましたが、

その後は《西涼》で頻発する反乱の平定などに務め、

やがては[曹操]に従うようにもなりますが、

一族を引き連れて入朝したところを、

彼等を脅威と判断していた[曹操]によって暗殺されてしまったといいます。


説によれば、[馬騰]側が、都を乗っ取ろうとしていたという、

説の方が強く、そのために[曹操]に倒されてしまったという話です。



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